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現時点での疑問点まとめ

 Twitterでぶつぶつ書いていて疑問点がいくつか出てきたのでとりあえずまとめておく。 トランスになる時のナチュラルの場合と薬を使った場合の違い 憑依と前世の違い あんなにもはっきりと映像に映るのは幽霊ではなくないのか? 自分の妄想と外からの情報なのかの違い こんなとこかな? 1について。 某有名人が外国で薬物を使用してトランスになり霊媒状態となった記録の音声を聞いた。その音声からは私が体験した霊媒の状態のときとは明らかに違うと感じられる部分があった。ただしこれは私の体験とその人の体験という狭い範囲での結果でしかない。そして違いは薬物を使用してからのトランスに入ることと、単にトランスに入ることである。薬物がどのような違いを生むのか、または使用しない場合との違いを計測できるのかどうか、探していくしかない。 2について。 1の有名人がトランス状態で語ったことが前世だと判断されたのだが(トランスの状態を観ていた人によってだったか、それを起こさせたシャーマンによってなのかがよくわからんけど)、これは以前にもテレビで観て違うと感じていた、催眠術により異言が発生しそれは催眠術にかかった人の前世であると催眠術師が断言した事例にも同じことが言える。私の体験からすると、霊媒になっている状態でそれが憑依か前世なのかはわからない。だが、完全に自分の身体を別のなにかに貸していることだけははっきりとわかる。それだけでその別の何かが前世なのか憑依なのかの区別はできないので、喋った内容を精査するわけだが、ここでなぜ前世だと判断できるのかが私には理解できない。そのため区別する必要を感じている。 3について。 某有名芸能スタジオの映画を観てものすごく思ったことである。あんなにもはっきりと映像として映るのならすでに幽霊とは言えないのではないか、ということ。吉田会長もTwitterでつぶやいていたけど、映像に映るということは物理的に存在しているということだから幽霊ではないのでは? 何か別の名称をつけるか、その存在は異世界から何故か繋がった現世界へ移動していて現世界の映像記録機材で撮影が可能である、と考えるほうがいいんじゃないか。 このあたりはなんとかなるのであれば、霊媒として方法を探してみてコンタクトを取るとか、なにかできそうな気がしないでもないのである。もっと専門的なことを別の角度からたずね...

さむ占オカルト研究所

  さむ占オカルト研究所 に顧問として参加することになりました。 メンバー紹介の詳細 はこのブログに書かれていることのまとめでしかないのですが、改めて見るとマジでやばい人にしか見えませんねえ。 とはいえ、オカルトに寄ることなく現実的な話しかしてませんので、さむ占サイトをよく読んでいただきますとご納得いただけるかと思います。 けどわし別に科学を信じてるわけではないので。だってテクノロジーは信仰じゃないですからねえ。そこだけはちょっと(笑) まあガチの心霊相談なんかまず来ないので、わしの出番はないと思いますわ。 何か話してスッキリしたい、みたいな感じで占いをご利用なさるとよいかと存じます。 どっちかというと、なるべくご相談者さんの不安を除き現実的な解決方法を示すような感じですんで、いきなり恐怖感を煽って何かを売りつけたりはしません。 そのあたりはわしも海千山千なので、伊達に年は取ってない。 というわけで皆様よろしくお願いいたします。

【読書感想文】白装束集団を率いた女 千乃裕子の生涯

  個人の感想です 一番最初にこう書いておいても誤読する人はいる。 なのでこの記事を読んでどのような感想を持っても自由ではある。だがそれを私に押し付けるな。 ざっくりとした経緯 私が千乃正法会を知ったのは1998年とかだったかもしれない。正確には覚えていないけど某公営団地のポルターガイスト騒動があるよりは前だったから、まあだいたいそんなもん。 それまではGLAは「H井K正がゴーストライターをやっていた」という情報しか知らなかった。 私は10代の終わりごろからとある霊能者の元に通っていた。親がその霊能者のところに通っていたのでついでについていっていた程度なのだが、その親が通うようになった理由が私の虚弱体質ゆえであった。なので、まあ半強制というか、自分も好奇心があったし、虚弱体質が治るのなら通いたいという気持ちがあった。 そこでたまたま何かの霊が降りるようになり、歌ったり喋ったり身体が勝手に動くという常態になり、霊能者や周りからもてはやされるようになった。 そんな経緯もあり、20代になったころ知り合った人と、そうしたオカルトめいたことを話すようになった。その人がたまたまニューエイジ運動に詳しい人だったため、瞑想法などの話を聞くようになった。その人はその後瞑想法の先生になった。 その人経由で、バシャールという宇宙人とチャネリングをしている人物が来日するということも知る。バシャールの講演会にも行った。 1970年代の子供だったし『UFOと宇宙』や『ムー』を読んでいたこともあって、UFOコンタクティというものになりたい、というような気持ちも持っていた。それが瞑想で叶うかもしれない、というチャネリング。私は宇宙人とコンタクトがとれるのならと、瞑想法を習うことにした。 ところが瞑想を始めたとたん現れたのは宇宙人ではなく天使だった。 一番初めにその天使の幻覚を見たのは1994年5月だったと記憶している。それより前に瞑想法のお試し会があってそれに参加していた。その後日、用があって実家に帰る途中のバスの中で、バスの斜め前方を虹色に輝く巨大な天使が飛んでいたのである。 当初「遂にお迎えが来た」と思った。その当時は腹痛で倒れるのが常態となっていたためである。 それでどうしたものか悩んだのだが、残念ながら私の周りにはオカルト肯定派しか存在せず、誰に相談しても「そのまま天使とコンタクト...

いまさらなにを?!薄皮あんぱんシリーズの謎に迫る マンデラ効果を超えた先

 というわけで、去年暮頃「薄皮あんぱんの数が減る」というニュースが私のタイムラインを賑わせた。年々小さくなるカントリーマアムという話もあることだし、失われた30年だか40年だかそういう話だろ、くらいにぼんやりと流していたのだが、なにか、こう、引っかかるものがある。 そう思いながら日々過ごしていたあるとき突然思い出したのだ。 薄皮あんぱんは6個入りであった と。 最初のツイート。 https://twitter.com/simamura/status/1602236671809888257?s=20&t=BeDQOHDG_QcJHY_NhZzPPg 2022年12月12日にこうツイートしているが、特に誰からの反応もなかった。 やはり私の世界線は薄皮あんぱん6個入であり、他多数の人々には最初から5個入の世界線なのだろう、というような諦めにも似た感覚に包まれたが、いや元菓子屋のカンが言うのだ。 絶対に6個入りであった と。 その時に何故検索しようと思わなかったのかというと単にめんどくさいと思ったからだが、やはりいつまでたってもモヤモヤするのも腹が立つので昨夜やっと検索してみた。 そうして見つかったのがこの知恵袋記事だった。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q107745915 この記事は2006年3月22日。ということはその時点では6個入りであったということだ。しかもこの投稿者は「薄皮じゃなくなった気がする」とも書いている。 そう、たしかに私も初期の頃の薄皮感がまったくなくなって普通の感じになったなと思っていた。 ここでちょっと製造過程を説明する。実際にその場で働いたわけではないが、元菓子屋としての考えだ。 業務で作るあんぱんというのは皮の重量、あんの重量は最初から規定の重さがある。例えば皮5gあん15gというように。お気づきだろうがこの皮の重量で薄皮か厚皮かが決まる。 だが手作りじゃない。こうした製品は当然機械が自動的に作るものだ。そこで機械の性能などによって皮とあんの配分が違ってくる。これは機械のクセみたいなもので、皮の粘度などによってあんを包めなかったりするのだ。 そういうこともあって皮のギリギリの薄さが決まってくる。初期の頃の薄皮感がなくなってきたのは、皮の配合を変え...

心霊スポット凸配信終焉しろよ

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とは昔から思っております。 Twitterのプロフィールに「スピリチュアル評論家」って書いたらフォローしてくる人がいたので最初に説明しておきますが、わたくしは幽霊否定するぞ!派です。まあ懐疑主義。 というわけで、立て続けに心霊スポットに関するイベントやら動画やらを観たので、その感想を書いておきます。 イベントは愛知県近郊の「いわゆる心霊スポットと言われている場所の紹介」でした。 それ自体に問題があるわけでなく、イベントを観ていて「山岳信仰(修験道)系のものが多いなあ」と個人的には思いました。民間信仰でくくればいいのか。 そこで気づいたのですが、心霊スポットとして有名になるのは、廃墟、もしくは何らかの信仰があった場所です。どちらも人間の営みとして普遍的に行われる「暮らし」の痕跡、もしくは現在もそれが残っている場所などです。 こちらでも色々と言われておりますが、最後の方だけ観ていただければ充分かなと思います。まさに他人の信仰を馬鹿にしたという反省が述べられております。ご覧になられたらご理解いただけるかと思います。 個人的にはどちらでもかまわないのですが、罰が当たればいいな、くらいは思います。それで心を入れ替えたのなら幸いです。迷惑系ユーチューバーは滅びればいいと思っています。 心の中で何を思っても自由ですので、信仰する、ということも各個人の自由です。それは憲法でも認められています。 そしてそれを馬鹿にするのも心の中だけであれば個人の自由なので私は止めません。 表に出してどうこうするのも個人の自由なので好きにすればいいと思います。そして私がそうした人々が滅びればよいと思うのもまた自由です。 みなさんの思うとおりになさればよいと思っています。 まったくの私個人の感覚だと、信仰だけして暮らしていける生活ならとても心穏やかで、己の内面にのみ集中して暮らせるだろうし楽だろうな~、と思っています。現実問題を一切顧みないわけですから、そりゃ楽だ。もしかしたら社会的にはそっちの方が迷惑なのかもだけど。だって生産性がないもんね!ってゆ~昨今の風潮なのか? いやでもさあ、私の地元にもある心霊スポットと言われている廃墟、あれまあ確かに10年もすりゃそりゃ何がどうなってるのかわからんだろうから、心霊スポットと言われるのもわからんでもないけど、じいちゃんの還暦祝いとか、普通に町内会の旅行に行っ...

UFO怪談について

 昨日は 日本UFO会議 on Zoom を拝聴しておりました。 興味深い内容があったので、思うところを書いてみます。 ネットが広がり始めた頃、私はスピ業界にいましたし、実際スピ系ホームページを作ったりもしておりました。が、徐々にオカルト業界全体に広がりここ14年位は怪談業界に入り浸っております。 そこで「UFOが出てくる怪談は怪談じゃない」などと怪談の範囲を狭めるご意見なども見聞きしてきましたが、私の感想としては怪異があるならすべて怪談だと思っています。なのでUFOだろうが心霊だろうが妖怪妖精ともかくなんでも、現実にありえないとその当時の人が感じる出来事なら全部怪異だと思います。 だから怪談。怪異が起こったと体験者や聞いた人が思ったことなら怪談です。 それを踏まえて、UFO怪談を集めている、または発信している人は一人しかいない、というような発表がありまして、いやいや、まだまだ多くいますよ、とつっこみたかったのですが、とりあえず私は発表者じゃないので黙ってました。(聞いてるだけでも楽しいので) 宇宙人怪談も、昨日録画しといた『宇宙人カラオケ大会』観てて吉田会長が喋ってた竈猫さんの、例の「ぴぽっ!」っていう宇宙人怪談を聞いて、そうそう、zoom聞いてるときこれ思い出したわ、と思ったものです。あれほんといい怪談です。 と、まあこれだけ発信者が増えている現状ではすべて追えないだろうし、知名度低くても仕方ないだろうなあ、と思わないでもありません。(神沼さんはUFO怪談集めるのに苦労しているのだろうか?) で、発表者のお一人が、「UFOは呼べば来る。呼べば来るくらいなんだから宇宙からは来てない」というようなことを言っておられ、これは素晴らしいと思いました。 個人的には地球空洞説に子供の頃から魅入られておりますので、超地球人説なども大変好みなのですが、物理的に空を飛んでなんらかの乗り物が来ているとは思っていません。なのでUFO(空を飛んでいるなんらかのもの)が心(人間)でしか観られない何かなのだとしたら、そりゃ呼べば来るよな、としか思えないのも納得がいきます。(チャネラーが宇宙人を呼んでいるのだから来るわよ、てなもんだ) そして唯一私が体験したUFOも、実際に自分の上空から見られている、という視線を感じて空を見上げたものであったから、これは確かにわざわざ宇宙から来てピン...

【感想】精神科医の悪魔祓い: デーモンと闘いつづけた医学者の手記

 というわけでやっと全部(たぶん)読みました。 感想としてはまあそうなるな、としか。 他人の体験談や経験値をすべて見聞きすることは無理なので、私の場合は自分の体験と他人から聞いた話、読んだ本、見た動画などから推察することしかできませんが、この立ち位置まで来るのはとても長い時間と多くの経験を必要とするでしょう。 その結果としてこの立ち位置になることは、すべての人に可能とはとても言えません。 まず、無理。だからこその個人差が生じてさらに己の立ち位置がわからなくなるでしょう。 そこを踏ん張って立っているあたりが想像できる手記だなと感じました。 私もほとんど立ち位置が同じなので、私に相談に来られた人はほんとに自分の思った通りの答えを言われなくて失望しただろうなとも想像できます。 そしてこの本を読んでも多くの人はそこが理解できないだろうなと思うと、私のとしてはとても悲しいと感じました。 けどまあ社会などそうした構造でできているともいえるので、今更それにどうこうするような若造でもないので、そりゃそうなるな、とも言えるかな。 まあ、なんだ、相談者が自分の欲しい答えを得られた場合、それはビジネスでしかない、ということなのだった。とはいえ著者さんも他に本業がちゃんとあって生活が成り立っているからこその無料相談なんだろうし、研究者としての好奇心の方が先にないとここまでのことはできないでしょう。素直に感動する。 似たようなオタク気質を持っている私としては、すべてに同意するしかないような書籍でした。