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UFO怪談について

 昨日は 日本UFO会議 on Zoom を拝聴しておりました。 興味深い内容があったので、思うところを書いてみます。 ネットが広がり始めた頃、私はスピ業界にいましたし、実際スピ系ホームページを作ったりもしておりました。が、徐々にオカルト業界全体に広がりここ14年位は怪談業界に入り浸っております。 そこで「UFOが出てくる怪談は怪談じゃない」などと怪談の範囲を狭めるご意見なども見聞きしてきましたが、私の感想としては怪異があるならすべて怪談だと思っています。なのでUFOだろうが心霊だろうが妖怪妖精ともかくなんでも、現実にありえないとその当時の人が感じる出来事なら全部怪異だと思います。 だから怪談。怪異が起こったと体験者や聞いた人が思ったことなら怪談です。 それを踏まえて、UFO怪談を集めている、または発信している人は一人しかいない、というような発表がありまして、いやいや、まだまだ多くいますよ、とつっこみたかったのですが、とりあえず私は発表者じゃないので黙ってました。(聞いてるだけでも楽しいので) 宇宙人怪談も、昨日録画しといた『宇宙人カラオケ大会』観てて吉田会長が喋ってた竈猫さんの、例の「ぴぽっ!」っていう宇宙人怪談を聞いて、そうそう、zoom聞いてるときこれ思い出したわ、と思ったものです。あれほんといい怪談です。 と、まあこれだけ発信者が増えている現状ではすべて追えないだろうし、知名度低くても仕方ないだろうなあ、と思わないでもありません。(神沼さんはUFO怪談集めるのに苦労しているのだろうか?) で、発表者のお一人が、「UFOは呼べば来る。呼べば来るくらいなんだから宇宙からは来てない」というようなことを言っておられ、これは素晴らしいと思いました。 個人的には地球空洞説に子供の頃から魅入られておりますので、超地球人説なども大変好みなのですが、物理的に空を飛んでなんらかの乗り物が来ているとは思っていません。なのでUFO(空を飛んでいるなんらかのもの)が心(人間)でしか観られない何かなのだとしたら、そりゃ呼べば来るよな、としか思えないのも納得がいきます。(チャネラーが宇宙人を呼んでいるのだから来るわよ、てなもんだ) そして唯一私が体験したUFOも、実際に自分の上空から見られている、という視線を感じて空を見上げたものであったから、これは確かにわざわざ宇宙から来てピンポイント

【感想】精神科医の悪魔祓い: デーモンと闘いつづけた医学者の手記

 というわけでやっと全部(たぶん)読みました。 感想としてはまあそうなるな、としか。 他人の体験談や経験値をすべて見聞きすることは無理なので、私の場合は自分の体験と他人から聞いた話、読んだ本、見た動画などから推察することしかできませんが、この立ち位置まで来るのはとても長い時間と多くの経験を必要とするでしょう。 その結果としてこの立ち位置になることは、すべての人に可能とはとても言えません。 まず、無理。だからこその個人差が生じてさらに己の立ち位置がわからなくなるでしょう。 そこを踏ん張って立っているあたりが想像できる手記だなと感じました。 私もほとんど立ち位置が同じなので、私に相談に来られた人はほんとに自分の思った通りの答えを言われなくて失望しただろうなとも想像できます。 そしてこの本を読んでも多くの人はそこが理解できないだろうなと思うと、私のとしてはとても悲しいと感じました。 けどまあ社会などそうした構造でできているともいえるので、今更それにどうこうするような若造でもないので、そりゃそうなるな、とも言えるかな。 まあ、なんだ、相談者が自分の欲しい答えを得られた場合、それはビジネスでしかない、ということなのだった。とはいえ著者さんも他に本業がちゃんとあって生活が成り立っているからこその無料相談なんだろうし、研究者としての好奇心の方が先にないとここまでのことはできないでしょう。素直に感動する。 似たようなオタク気質を持っている私としては、すべてに同意するしかないような書籍でした。

エンタメとオカルトは相互に関係がある

現実が先にあってオカルトが追随してる、でもいいんだけど、ちょっとメモとして残しておく。まあエンタメや物語がオカルトに取り込まれるとか、その逆でオカルトを取り込んで物語を作っていく、の両方があって現在のオカルトになってる、ってことなんだけど。 それについて、以前、古代ギリシャの研究家である藤村シシンさんが何かの配信で言ってたことを思い出すのよ。 なんであんなにゼウスはあっちこっちに子供つくってんの?という疑問に対して 古代ギリシア人A「あ、このゼウスってかっこよくね?」  古代ギリシア人B「あ~、このゼウスがうちらの先祖だったらなあ」 古代ギリシア人C「そうだ、創作しちゃおうぜ」 というような流れで神話を創作していった。だからゼウスはあっちこっちに子供がいる。 そら妻も嫉妬深くなるわい、て思いますよね~。 つまりはそういうことだ。オカルトってのは特に何か人生に徳になるようなことはないだろう。けど、あれば楽しい。その楽しい要素の細かい設定を色々付け足した、神話を創作したような人が後世にたくさん現れる。同人業界ならおなじみの二次創作、三次創作だ。 それを記録しておけば、そりゃどんどん子孫も増えるよね、ってゆ~。 なんか上手いことまとめられなかった気はするけど、そうやって個人が好きなとこくっつけて作ってる壮大な物語なんですよ、オカルトって。んでそれを承知でお楽しみを作ればエンターテイメントになるわけで、漫画っぽいだのラノベっぽいだの、そりゃそうなるな、って話。 まー、この頃の陰謀論はこれが悪い方悪い方へ流れている気がしないでもなく、オウム事件を思い出して警戒感が強まるんですわなあ。ちなみにオウムの言ってることなんか当時もすでに「あっ(察し」状態だったから、鼻で笑いつつ、興味持った同僚を抑えた実績がありますのでね、わたくし。 ネット始めたばかりの中高年の人達はほんとマジで正気に戻ってくださいよ。 ついでに書いておくと怪談業界で同じような事件があったとき、某匿名掲示板だったかmixiのコミュだったかでわしのことを心配してくださってた某団体の方々、あの時は爆笑させていただきまして本当に感謝しております。

宜保愛子がビビッて入れなかった心霊スポット

 twitterやツイキャスでも言及しましたが、ブログにもまとめておくことにしました。 元の投稿は吉田会長の このツイート になります。 これに引用RTした 私のツイート 。 そして結果として検索に引っかかってきたのは このサイト でした。 上記リンクを見ていただければ経緯と、結果としての情報がみられます。 最終的に私の結論は ツイキャス でも配信しました。 宜保さんの心霊スポット訪問記録も兼ねてる感じで、とてもまとまった素晴らしいページだと思います。 そこに書かれている文言を読んで、思い出したことがあったんですね。 最初は私も、単なる心霊スポットの箔づけのために使われている都市伝説だと思っていました。 ところが、冝保さんのテレビ番組を思い出すにつれ、ああ、そういえばいつも「やだ怖いわ」とか「いや~私ここは無理だわ」とか、何かにつけそうした発言が多かったなあ、と。 それで、これは宜保さんの芸風なんだな、と納得したというわけです。 個人的な感想ですが、あの時代の霊能者がテレビに出てくると、だいたいそんな感じでしたよね。 現地に到着する前にロケバスの中で「なんか気分悪くなってきちゃった」とか「あ~、だめだわ頭が痛い」とか言い始め、いざ現地に到着すると「あっ、ここはだめだわ」となる。 その後、実際に中へ入れば「やだ!今何かに触られた!」とか。 なんとなく、テンプレ化した霊能者の対応ですよね。 当時のだいたいの霊能者はこんな感じでした。 テレビ的な演出なのかもしれないし、そういう台本があったのかもしれませんし、ご本人が意識するにしろしないにしろそういうウリ(芸風)としての表現を身に着けている場合もあるのかもしれません。 多少なりとも霊能者の現場を知っている私からすれば芸風だという感想を持つのもいたしかたない気もします。 まあ夢最優先の方は箔を信じて心霊スポットへおでかけになるのもいいのかもしれませんけど、私はおすすめしません。 現実的な問題として、ね。 それはともかく、なんか昔はロマンがありましたね。今思えば。

スピリチュアル・ビジネスの被害と宗教者的立場

カンニング竹山の土曜The NIGHT#167~エセスピチュアルにご用心~   この番組を観ての感想。 最後の方で、SNS信者ビジネスをやっている人の意見を募集している。 興味を持たれた方はメールを送ってみてはどうだろうか? 私は25年前くらいにやっていたのだが、実際に自分の立場としては、後半で弁護士さんが言っている宗教者的立場の位置にいた(自覚している感覚として)ので、信者ビジネスには関与していない、かもしれない。 はっきり関与していないとは言える自信がない。 第三者を介して客を勧誘していたからだ。 しかもその第三者からは、信者ビジネスたる顧客へのサービスがなっとらん!と、割とマジな感じで毎回詰られていた。 お客様からもクレームが入っている、と。 という部分でいえば、信者ビジネスをやっていたといえるかもしれない。 こういうサービス業は双方の納得が得られたうえで金銭のやりとりをしていれば、契約として成り立つはずなので(おぼろげな商法の記憶)客側からクレームが入ってなければいいんだろうけど、実際にはそうじゃなかったわけだね。 だけど、どうなんだろうか。 当時は占いと霊能が一緒くたにされていた頃だった。 私はチャネラーを始める以前は修験道の霊能者のところで御座という霊媒をしていたわけで、ビジネスとしてやっていたわけではない。 日本の民間宗教を守っている宗教者的立場だったといえるのではないだろうか。 宗教者的立場の定義がいまいちわからんけど、番組の後半の弁護士さんの文脈から読みとると、それは高額を請求したり、ぁゃιぃ開運物品を高額で売りつけたりはしてない、どっちかというと精神的、補助的アドバイスをする人、という立場なのだと解釈する。(違ってたらご指摘願いたい) いわゆるトンデモ業界でいう「ほんもの」ってやつだな。(何をもってこの「ほんもの」を定義するのかいまいちわからんけど、宗教者として、というのならまあわからんでもないので個人的にはそこに位置付けておきたい) こうやって書いてみると、良心的詐欺師と悪徳詐欺師の違い、くらいしかないような気がしてきた。 まあいいや。 そんなわけなのでチャネラーを始めた当初、サービス精神が足りないと散々文句言われたんだよな。 そりゃそうだよ、別に伝統芸能でもなければエンターテイメントでもない霊能しかしらなかったんだもん。 最初からビジネスです

幻視は自分が集めてきた情報の集積

 たまたま発見した このツイート の一文に首がもげるほど頷いてしまったのでメモ。 私は情報処理を学んでいたし、オタクだったから中二病にも当然罹患していた。 なのでチャネリングのソースが天使であってもなんらおかしくはないのだ。 そして比喩がすべてIT系になるのも当然なのである。(それはチャネラーをやっていた当時から感じていたことではあった) ということは、私が学んだ霊能者が「本を読んではいけない」という意味もそこなのだな、というのは理解できる。つまり、余計な情報を仕入れたらそこで霊媒が表に出した情報の信憑性が失せる、ということなのだろう。(実際にすべての情報を遮断なんかできないんだから本を読まなくてもいい、というわけにもいかないと思うけどさ。社会生活していくのになんの情報も得なければ生きていかれないんだもん。どこかの石油王に囲われて何もしなくてもいいなら別だけど。それはそれで精神がいかれそうだ) とはいえ、このようなオタク的情報の集合知をもってしてもそこからの情報だけでは得られないこともたまにはあるのではある。まああんまりそこに拘ってもしかたないほどの少なさだからなあ。常にn=1みたいな結果ばかりではあるのだ。心霊現象なんか追っかけてると。 ツイキャスでも言ったけど、やはり最低でも2人が同じ結果を持っているのでなければ、それをエビデンスとして扱ってはいかんのじゃないか? しかしまあこういうこと話すと否定派とか懐疑派とか言われて話にならんからなあ。 ビリーバー側の人と情報とか意見の交換をしたくても、あっちに嫌われるの、難しいね。

年齢による棲み分けはほんとうに必要なのか問題が重くのしかかってきた一年であった

 まだ終わってないけどな。 まあ月一くらいではブログ書いとこう、くらいの気持ちではいるんだけどネタがなくて困ってる毎日です。ツイキャスもやりたい気もするんだけど、そうそう心霊スピリチュアルネタは転がってないのよ。そもそも足洗って20年以上経ってるし。 ほんでまあタイトルのことを書いておこうか、と思った次第。 今年ほんとに頭からこの話題を散々っぱら見てきてねえ、何度も「わし、ここの客だとみなされてないんだな」って実感しておりました。ここには来ちゃいけない年寄りなのだと。 まあ実感はあるので別にいいんだけど、こちらとしてはネット上なら年齢の棲み分けなんて昔から気にもしてなかったんだけど、昨今はそうでもないの? もしかしてのポリコレと同じで価値観をアップデートしないとやばいやつなの? ってなってまして、かなり自分の中で悩んでいる部分ではあるのだった。 ほんでまあ自分が若い頃とは比較しちゃいかんのだろうけど、色々考えてみてるところなんですわ。実生活はともかくおいとくとしても、趣味の活動とかでの年齢による棲み分けなんかしてたんだろうかと。 主に同人活動とスピリチュアル方面だけどさ。 あ、関係ないけどスピリチュアルといえば、Twitterプロの専門選ぶとこに霊能者とスピリチュアルがあるってのが個人的にうけた。 話戻して、自分は特に年上だから年下だからとか考えずに活動してたんで、世間でいうところの「50代は若者文化に入ってくんな」がまったく理解できんのよ。 昔のあれ、広告代理店が煽ってくるタイプのやつなのかなあ?くらいに思ってたんだけど、そうでもない、客商売やってる側からこれ発信してるのいくつも見てさあ、まあ主にTwitter上でだけど、そんなに年齢限定して市場狭めてどうすんの?って気もするんだけど。 現在の私には正解がわからんのです。 究極的に言ってしまえば、50代を相手にしたくない、というだけの個人の感想を主語でかくしてるだけなのだろう、という気もするんだよね。そうでもないの? 若い子に話を聞く機会がないのでまったくわからんのだけど。個人差が大きいだけだと思うんだよなあ。 あと女子なんかはクソ鬱陶しいジジイに声かけられてて断る口実にしてるだけ、という気もするし、なんだか正解が見えない。 もし本当に50代はいらない、と、私に向かって遠回しに言われているのなら、こちらとしてはおも