青空文庫の感想『ユタの歴史的研究』
宗教学研究所のハセさんがおもしろいポストをしていたので早速読んでみました。
青空文庫のリンクはこちらからどうぞ。
昔の文章なので読みづらいし漢文あるしでそこらへんは適当に読んでいますがまあ首がもげるくらい頷くといいますか、なるほどとしか思えない内容でございましたよ。
私は沖縄へは1度しか行ったことはありませんが、その1度の観光で妙なことがありました。
首里城へ行った時です。ツアーだったので他の観光客の人たちと、ガイドさんの説明を聞いていたのに、別のなにがしかの声が「ここは神が降りる場所である」とか「神とはここで交信してそれは王の役目である」みたいな説明をしているのです。
めんどくさいのでよくあるアレだと思い適当に聞き流していました。せっかくのガイドさんのまともな歴史の説明やらがよく聞こえず腹が立ったものです。
当時は(多分2003年とかくらい)ようやく首里城の復元がなり、綺麗な建物が観られるとか思って行ったのに余計なやつがうるさい、くらいに思っていましたが、この内容を読んで納得ですわ。
昔弾圧された巫覡の霊、という可能性が高いですよね。ええ、昔よく師匠に言われました。
修行場などには夢半ばで死んだ修行者の霊がいて、そういうのに騙されてはいけない、って。
それですよ。ちゃんと内容に書いてありました。師匠のいいつけ守って正解だったな。
それにつられて最近聞いた話も思い出しましたね。
城系のユタ(この場合はトキなんじゃないか?という気がしないでもないがわしも詳しくはないのでよくわからん)と民間のユタは会えない。
そういう言い伝えみたいなもんがあるらしいですが、歴史を追えば納得といいますが、まあそりゃそうよね、みたいな。
あと、首里城で行方不明になったおばあさんが、神様の所に連れていかれたので毎年その行方不明になった日にだけおばあさんと話せる、みたいな怪談。内容うろ覚えですんませんが、そんな話。
具体的に真実とかそういうのはともかく、リアルではちゃんとそのおばあさんの行方不明は警察に届けてるのかとか、そっち方面が気になって仕方ないわけですが、まあこういう亡くなった人の話も似たような話で師匠から聞いてまして、それを思い出すわけです。
場所はもう昔の話なので覚えてないのですが、中部地方です。そしてそのおばあさんは自分で死を選んで山中でそうするのですが、親族が師匠の所へ来て、何処にいるのか探して欲しいと依頼してきたそうです。実際警察が探したけれど見つからないので困っているとのこと。
師匠がお伺いを立てたところ、行方不明のおばあさんは自分の姿がみっともないので長男にだけ場所を教えてそこに来て欲しい、と言ったそうです。
で、実際に長男だけが教えられた場所に行ったらおばあさんがぶら下がっていた、という話。
わしはこの首里城で行方不明になったおばあさんも、実際は足を滑らせて藪か林か、どこかそういう所で亡くなったのではないだろうか?と思うわけです。
でも探しても見つからない。
おばあさんの肉体は亡くなったのだけど、精神はそれこそ神の下へ修行に行ったのだから、生きているわけで、その異界の繋ぎが行方不明になった日であり、その場だけ許された会話ができる、んじゃないのかな?みたいな。
ご遺族に具体的な話をすれば、おばあさんの御遺体もほんとはみつかったんじゃないのかな?とも思いましたけども、それはまあ実際の所わしに相談があったわけでもないのでわからんけど、そういう話もついでに思い出してしまいましたわ。
迷信だというて否定するには人心掌握に欠けるし、政治って大変なんだろうなあ、みたいなことも思いつつ。
けど人間のやることって昔から変わらないわねえ、みたいな。
あと神に通じるのはウタのみ、ってのが凄いシンクロだな~、みたいな。
昨今のAIプロンプトもだけど、和歌のみが神に通じる、とか、モンゴルのシャーマンがラップをする、みたいなのも、なんていうか、ウタは神への通信技術なんだな、てのも内容にあって、なんだか色々呼応するなあ、みたいな感じでした。
おもろかった。
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