お気に入りのうどん屋の話

私も名古屋圏人なので、自分だけのお気に入りのうどん屋がある。
それは子供の頃にまで遡るのだが、残念ながら今はもうないお店だ。 
 子供の頃、2軒のお気に入りのうどん屋があった。
一つは今も営業していて、しかも当初の10倍ぐらいでかくなった店だ。 
しかしもう一つのお気に入りだったうどん屋は、10年くらい前まで個人店として駅前のテナントビルにこじんまりと店を構えていた。 
そこの名物は「味噌ころ」うどんである。 
 ここで、名古屋圏以外の人に説明をすると、「ころ」とはお汁が少ないうどんの総称である。
ただし私は子供の頃は「冷たくてお汁が少ない」と教えられていたので、今でもつい「冷たくてお汁が少ない」と思ってしまう。 
しかしこれは大人になってから「店による」ことを発見した。
 麺もお汁も温かい「ころうどん」が存在するのである。
温かいおかげで冬場も途切れることなく「ころ」が食べられるのだった。
ありがたい。 
 というわけで、この「味噌ころ」とは、お味噌のお汁がかかっているうどん、だと思っていただきたい。
その形状は担々麺を想像していただければだいたいあっている。 
そしてここのうどん屋は麺の形状が独特で、1本の中に微妙なクランクが存在していた。
うちの叔父が「切るのが下手だ」と言っていたが、私はそれが味になっていると思っていて、そのクランクのある麺も好きだった。 
 そのうどん屋の味噌ころは、クランク麺の上に甘辛く味付けた八丁味噌のたれがかかっている。
そしてその上には小口切りのネギが大量に載っていた。 
一人用の鉄鍋で提供されるのだが、麺もタレも鉄鍋も冷たいのでお子様にも安心だ。 
味噌ころが出てきたあとは、テーブルの上にある「ご自由におかけください」と書かれた天かすを、これでもかとぶっかける。
余談だがこの天かすは、名古屋圏人なら「必ず家族の人数分が家にある」と言われている一人用の土鍋に入っている。 
そのクランク麺と味噌ダレとネギと天かすを好みに応じて混ぜ、そしていただく。
それが味噌ころだ。 
 そんな味噌ころを私は子供の頃から大好きで、親と外食するときはたいていこのうどん屋に行くのだった。 
 子供の頃の支払いは親がしていたので、味噌ころの値段ははっきりとは覚えていないが、うどんなのでそんなにむちゃくちゃ高いということはなかったと記憶している。
だが、ある日母親にこんなことを言われた。 
「前より100円も値上がりしている」
 えっ? 100円も? その当時のスガキヤのラーメンは1杯100円とかだったと思うが、個人のうどん屋ならもうちょっとは高いはずだ。
300円とか400円とかだろうか。 
それなのに数ヶ月前に来たときよりも、いきなり100円も値上がりしているという。 
子供ながらに物価高の影響を強く感じたものだった。 
 それからいくらか月日が経った。
私の実家は喫茶店を経営していたので、その店で漫画を読んでいると、母がお客さんと会話をしていたのが聞こえてきた。 
 母「あそこのうどん屋、また値上がりしたのよ」
 客「ああ、あのうどん屋なあ、オヤジが博打に負けて借金が増えると値段が上がるんだよ」
 私は心の中で「その賭場の胴元はお前やろが!」と思いながら漫画を読んでいた。(深くはつっこまないでください) 
その後、私が大人になってから、うどん屋のご亭主は病気で亡くなり、女将さんが一人で切り盛りしていた。
その頃はむちゃな値上げはなくなっていたので、それはそれで行きやすくなった、ような気がしたものだ。 
今はもう店もないので、女将さんも亡くなったのだろうか。 
そういうわけで仕方なく自作する日々である。

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